CONTROL YOUR APPETITES & PASSIONS

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■寄宿舎の歴史年表

■日誌の目次

■閉舎記念誌

■掲示板
“生涯「青年」のつぶやき”


■舎 歌

■編集座談会(検討中)





















































































































































































このホームページは、北大青年寄宿舎の明治から昭和にかけての学生の日誌を書き起こしたものを中心にしています。青年寄宿舎は、平成17年に事実上その歴史を閉じ、財団も建物も形を残していませんが、閉舎の記念誌を編集して行く際に、学生の折々の日誌の中に、時代の背景と学生たちのスピリットが色濃く刻まれていることを発見し、後世に語り継ぐ意味があると判断し作業に着手したものです。 

OB有志は、原稿用紙約5000枚に及ぶ日誌を書き起こしデジタルデータ化を進めて、今、その過半を終えました。ホームページはその作業過程をリアルタイムで見ることが出来ます。また歴史年表、日誌目次いずれかから各年の日誌をご覧いただけます。ご感想などは掲示板「生涯青年のつぶやき」をご利用ください


///////////『青年寄宿舎跡の碑』から//////////

 1898(明治31)年11月3日、札幌農学校学生の寄宿舎として市内北4条東2丁目に創立された青年寄宿舎は、1900(明治33)年6月、移転新築されて以降、105ヵ年の間、この地にあった。

 創立時より48ヵ年の長きにわたり舎長の任にあって舎生の札幌農学校・北海道大学学生に薫陶を及ぼされたのは宮部金吾先生である。先生が舎生にしめされた信教の自由、禁酒禁煙の二ヵ条は農学校クラーク教頭の言葉、コントロール・ユア・アペタイトに由来する自律自制の理念を説くものであった。それは寄宿舎運営の経済的自立、生活の規範などすべてがOB舎生を含んでの舎生自治に委ねられていた故に、一層深い意味を持ち続けたのである。此処に若き日々を過ごした舎生906人は心身の一隅に染みついた理念の一片を抱き、有志の「青年」として社会の前線−フロンティアへおもむいたのである。

 時は移り、社会環境、生活条件の豊かにして多様に変動する時代となった。その社会的変遷のなかで青年寄宿舎独特の存在意義、その重さを支えるべき入舎生の状況、舎屋整備の経済力などは重責に耐える努力の限界をしめすようになり、ついに閉舎の時を迎えたのである。愛惜の思いをもって此所に碑を残す。
  
                2005(H17)年11月3日
                    財団法人 青年寄宿舎第6代理事長 奥田利恒


舎友短信

2011
○10/24
昨夜も日誌編纂の編集会議。もうほぼ5年がかりながら、まだ先がたっぷり。原稿用紙5000枚の日誌をデジタル化するのに2年余り、そこからスピリットと時代の匂う日記を拾って2年あまり。いよいよ、第1章「青年寄宿舎と舎生」、第2章「宮部先生の薫陶と時代」、第3章「寄宿舎の青春」、第4章「青春の○○」、第5章「百年の逸話」という大枠が固まって、やっと体裁が整いだしましたが、第4章の○○が決まらない。「青春の蹉跌」「青春の挫折」…などと搾り出しているうちに誰からともなく失笑が始まります。control your appetite and passion と高らかに謳ったあとに、蹉跌はないでしょう、と。マジメな話が確かにちょっとパロディになってしまいますか。しかし、そういう面も一杯あったなあ、つまづきばっかりだったんじゃないか、と個人的にはいささか甘酸っぱい雰囲気を思い起こしました。

北大教育学部の所教授室で打ち合わせ後の歓談

○7/10
昨日は日誌編集に関係する座談会と黒嶋下理事長の傘寿を祝う会が北大教育学部で開催。滅多にない、往時をしのぶ会に。
 
座談会と黒嶋先生(写真右)

○6/05 去る6月2日の編集会議で、いよいよ、作業の折り返しを過ぎた頃とみて当初目次の具体的なスケジュールが話し合われました。今後の重要な企画として、舎生OBが宮部先生の思い出などを語る座談会の開催を決め、さらに、この機会に(財)青年寄宿舎の元理事長黒嶋先生の傘寿を祝う会も一緒にやろうということになりました。追って、メーリングリストで、希望者を募りたいと考えています。
開催日は、7月9日土曜日午後2時頃から、
北大教育学部で。

○3/27
新年から早、3ヶ月。
25日金曜日夜、二カ月ぶりの編集会議。田端先生の作業でかなり基本的な部分が埋まってきたので、あとはもう一度整理して構成を変更。そうしてみると大分、先が見えてきました。出版の寄付金もすでに数十万円があつまり、編集出版に拍車が掛かります。すでにご寄付いただいたみなさま、ありがとうございます。
会議後に

○1/02
新年明けましておめでとうございます。全国各地でご活躍の青年寄宿舎OBのみなさま、新年をいかがお迎えになられたでしょうか。今年も、ですが、近況を書いて参ります。お付き合いください。お付き合いついでですが、今日の北海道太平洋岸の朝日を紹介します。苫小牧から襟裳方面を見ています。なお、青年寄宿舎基金は口座開設が終わり近々事務局からご連絡が参りますので、予めご報告をいたします。

2010
○12/18 メーリングリスト開設に続いて、舎友会の基金のための口座を開設しました。おって、事務局からご連絡があるはずです。鈴木先生がノーベル賞を受賞する、した、ということで北大は株をあげていますね。このいきおいで編集が出版につながればラッキーです。
○12/12 先月、青年寄宿舎OBのメーリングリストを開設しました。いきなり登録の案内を差し上げるという荒業をつかったために、びっくりされた先輩もおいでになり、ご迷惑をおかけしたようですが、一方で多くのご支援のメールもいただきました。現在50名程度でスタートです。アドレスは、ここです。どうぞお気軽にお書き込みを。
○11/30 教育学部の所先生のところで定例の編集会議をしました。田端先生がトピックを20Pほど用意してこられ、目次とにらめっこ。進捗の度合い、感性の目途はいまだたたず。

○11/13 先週11/6の舎友会総会の様子を示す画像が届きました。主として材札の方々が20名以上参会して、つつがなく終了。(当方は、所用のため欠席しました)


○10/21 今度、「寄宿舎思い出の写真館」をこのホームページに創ろうと思います。さすがに当時のデジタル画像はないでしょうから、かつてのプリントをスキャンなどしてデジタル化して草苅かメーリングリストにに送ってください。
○10/2 寄宿舎OBとも親交のあった海外移住研究会&柔道部のSさんが、自宅のある函館で急逝され、東京から大川氏が10/1急遽駆けつけました。昼過ぎ都内からの電話だったのですが、夜七時半過ぎには苫小牧の成田君と三人で苫小牧で一献していました。二人は翌日、通夜に出席のため車で函館に向かいました。ご冥福をお祈りいたします。
○9/27 あっという間にストーブが欲しい季節に代わりました。皆様、気候の急激な変化に体調は万全でしょうか。掲示板「生涯青年のつぶやき」では、このたび80歳を迎えられた中林先輩がしばしば書き込みをされ、日誌出版に関する編集を応援してくださっています。ありがたいことに、この際、掲示板に夜更なる交流を提案されましたので、9月28日以降、一斉メールでお声掛けをさせていただこうと思っています。
○8/08 残暑お見舞い申し上げます。先週、青年寄宿舎の跡地を通りました折、記念碑の異説を確認しましたので、そのスナップを掲載します。あの、ハルニレの大木は浮島のような狭い樹林帯の残され、まさにビルと自然の無理やりな共存風景で切ないものあり。

○7/25 暑中お見舞い申し上げます。更新はさっぱり進んでいませんが、どっこい、編集会議は精力的に進んでおり、先日の16日の編集会議で、「よおし、なんとかなるかなあ」という段階を味わいました。この直感は重要です。何日あるかわからない夏休みですが、ま、頑張ってみようと…。
○6/01
先週の編集会議で、実際に手作業をするメンバーが超手薄であることを率直に申し上げました。本当にその作業を一気呵成にしてしまわないと、軽々に出版の話など出来ません。これは当てのないボランティアをたよるか有償のバイトをたのむか、の瀬戸際にあるかも。
○4/07
編集の展望は明るくありません。が、先生方は意気軒昂。遅々として進みませんが、間もなく途中経過がまとまります。乞う、ご期待。
○1/10
もう謹賀新年には遅くて、むしろ寒中お見舞いを申し上げた方がいいようです。今年は、日誌にまつわる編集と、あわせて舎友の親睦がどのように図れるのでしょうか。段々忙しくなる中、編集企画はまだまだ霧の中です。

2009

○12/17 thu
出版に関するスケジュールを見直して次回はより実現可能な企画をつくることに。

○11/25
膨大なデータを、またまた持ち寄り。その量にうんざりし、編集のリズムもテンションも実は失いかけている。そこで、発行者はほぼ決まっているのだから、そっちのマーケティングの意図を聞いて絞ろう、と。なにせ、データの量も多様性も半端でないので。
○9/30
編集作業は前段が既に長丁場。素材となるトピックを選び、田端・所の両先生と草苅がエクセルの一覧表にして持ち寄り。先はうんと長い。関東の大川氏から応援の手を挙げるメールが到着。
○8/05
昨夜、所教授の研究室で編集会議。40年分のトピックを選択するために記事内容ごとのトピック表を各々が作って出し合いました。フーっとため息が出るアルバイトです。この休み中に、精力的に取り組もうと約束して散会。
○4/27
まとまった休みができたらやろうと保留していたPDFデータの実登録分を、ようやくホームページにアップ。これで、データベースのほとんどが完成したことになります。あとはフォーム例を作って…。いやあ、先が長い!次の編集委員会は5/28。
○4/6
去る4月1日は所先生のところで編集会議。膨大な懸案が横たわる中、「資料集よりも若い人にも読んでもらえるものを」という大きな方針に。連休明けをめどに、構成と具体的なフォーム例を、編集委員が作って草苅まで送り、それを月末に再検討することになりました。いよいよ、火がつきました。
○3/6
・日誌編纂作業ではある意味発行者を探していたわけですがどうやら、この編集出版の意味を高く評価してくれる法人が現れました。今後その検討は本格化するはず。今後の行程の遅い早いはともかく、現実化へのレールはしっかりと敷かれた感あり。
○2/19
・編集会議の席で編集長は、11月の舎友会総会を目標に発刊を…と抱負を述べられ、これからの編集実務の委員が任命されました。田端、奥田、所の3先生と私目草苅があたることに。これはおそらく結構ハードだと思いますね。(-_-;)
・いずれ近いうちに、東京舎友会に理事長が出席か、という話も出てきました。(^J^)

○1/26

・42年卒のMさんから、2009/1/24に東京のOB会が行われたとメールをいただきました。 札幌の舎友会の動きとは別にすでにネットワークはできていたわけですね。まだ、それをご存じない在京、在関東の方々もおいでですから、そのケアがいるようです。
・最終的に原稿用紙5000枚分相当の手書き原稿が、デジタル化を終えます。できるのかなあ、と半信半疑でしたが、50〜80歳代の有志約10人の写経的(?)奉仕によるもので、結構達成感も(これは筆者草苅の個人的感想)。この準備作業を一段落させた後、いよいよ2月から、出版に向けた内容の精選作業に入る旨、田端編集長から連絡がありました。