舎友短信


2010

○12/18 メーリングリスト開設に続いて、舎友会の基金のための口座を開設しました。おって、事務局からご連絡があるはずです。鈴木先生がノーベル賞を受賞する、した、ということで北大は株をあげていますね。このいきおいで編集が出版につながればラッキーです。
○12/12 先月、青年寄宿舎OBのメーリングリストを開設しました。いきなり登録の案内を差し上げるという荒業をつかったために、びっくりされた先輩もおいでになり、ご迷惑をおかけしたようですが、一方で多くのご支援のメールもいただきました。現在50名程度でスタートです。アドレスは、ここです。どうぞお気軽にお書き込みを。
○11/30 教育学部の所先生のところで定例の編集会議をしました。田端先生がトピックを20Pほど用意してこられ、目次とにらめっこ。進捗の度合い、感性の目途はいまだたたず。

○11/13 先週11/6の舎友会総会の様子を示す画像が届きました。主として材札の方々が20名以上参会して、つつがなく終了。(当方は、所用のため欠席しました)


○10/21 今度、「寄宿舎思い出の写真館」をこのホームページに創ろうと思います。さすがに当時のデジタル画像はないでしょうから、かつてのプリントをスキャンなどしてデジタル化して草苅かメーリングリストにに送ってください。
○10/2 寄宿舎OBとも親交のあった海外移住研究会&柔道部のSさんが、自宅のある函館で急逝され、東京から大川氏が10/1急遽駆けつけました。昼過ぎ都内からの電話だったのですが、夜七時半過ぎには苫小牧の成田君と三人で苫小牧で一献していました。二人は翌日、通夜に出席のため車で函館に向かいました。ご冥福をお祈りいたします。
○9/27 あっという間にストーブが欲しい季節に代わりました。皆様、気候の急激な変化に体調は万全でしょうか。掲示板「生涯青年のつぶやき」では、このたび80歳を迎えられた中林先輩がしばしば書き込みをされ、日誌出版に関する編集を応援してくださっています。ありがたいことに、この際、掲示板に夜更なる交流を提案されましたので、9月28日以降、一斉メールでお声掛けをさせていただこうと思っています。
○8/08 残暑お見舞い申し上げます。先週、青年寄宿舎の跡地を通りました折、記念碑の異説を確認しましたので、そのスナップを掲載します。あの、ハルニレの大木は浮島のような狭い樹林帯の残され、まさにビルと自然の無理やりな共存風景で切ないものあり。

○7/25 暑中お見舞い申し上げます。更新はさっぱり進んでいませんが、どっこい、編集会議は精力的に進んでおり、先日の16日の編集会議で、「よおし、なんとかなるかなあ」という段階を味わいました。この直感は重要です。何日あるかわからない夏休みですが、ま、頑張ってみようと…。
○6/01
先週の編集会議で、実際に手作業をするメンバーが超手薄であることを率直に申し上げました。本当にその作業を一気呵成にしてしまわないと、軽々に出版の話など出来ません。これは当てのないボランティアをたよるか有償のバイトをたのむか、の瀬戸際にあるかも。
○4/07
編集の展望は明るくありません。が、先生方は意気軒昂。遅々として進みませんが、間もなく途中経過がまとまります。乞う、ご期待。
○1/10
もう謹賀新年には遅くて、むしろ寒中お見舞いを申し上げた方がいいようです。今年は、日誌にまつわる編集と、あわせて舎友の親睦がどのように図れるのでしょうか。段々忙しくなる中、編集企画はまだまだ霧の中です。

2009

○12/17 thu
出版に関するスケジュールを見直して次回はより実現可能な企画をつくることに。

○11/25
膨大なデータを、またまた持ち寄り。その量にうんざりし、編集のリズムもテンションも実は失いかけている。そこで、発行者はほぼ決まっているのだから、そっちのマーケティングの意図を聞いて絞ろう、と。なにせ、データの量も多様性も半端でないので。
○9/30
編集作業は前段が既に長丁場。素材となるトピックを選び、田端・所の両先生と草苅がエクセルの一覧表にして持ち寄り。先はうんと長い。関東の大川氏から応援の手を挙げるメールが到着。
○8/05
昨夜、所教授の研究室で編集会議。40年分のトピックを選択するために記事内容ごとのトピック表を各々が作って出し合いました。フーっとため息が出るアルバイトです。この休み中に、精力的に取り組もうと約束して散会。
○4/27
まとまった休みができたらやろうと保留していたPDFデータの実登録分を、ようやくホームページにアップ。これで、データベースのほとんどが完成したことになります。あとはフォーム例を作って…。いやあ、先が長い!次の編集委員会は5/28。
○4/6
去る4月1日は所先生のところで編集会議。膨大な懸案が横たわる中、「資料集よりも若い人にも読んでもらえるものを」という大きな方針に。連休明けをめどに、構成と具体的なフォーム例を、編集委員が作って草苅まで送り、それを月末に再検討することになりました。いよいよ、火がつきました。
○3/6
・日誌編纂作業ではある意味発行者を探していたわけですがどうやら、この編集出版の意味を高く評価してくれる法人が現れました。今後その検討は本格化するはず。今後の行程の遅い早いはともかく、現実化へのレールはしっかりと敷かれた感あり。
○2/19
・編集会議の席で編集長は、11月の舎友会総会を目標に発刊を…と抱負を述べられ、これからの編集実務の委員が任命されました。田端、奥田、所の3先生と私目草苅があたることに。これはおそらく結構ハードだと思いますね。(-_-;)
・いずれ近いうちに、東京舎友会に理事長が出席か、という話も出てきました。(^J^)

○1/26

・42年卒のMさんから、2009/1/24に東京のOB会が行われたとメールをいただきました。 札幌の舎友会の動きとは別にすでにネットワークはできていたわけですね。まだ、それをご存じない在京、在関東の方々もおいでですから、そのケアがいるようです。
・最終的に原稿用紙5000枚分相当の手書き原稿が、デジタル化を終えます。できるのかなあ、と半信半疑でしたが、50〜80歳代の有志約10人の写経的(?)奉仕によるもので、結構達成感も(これは筆者草苅の個人的感想)。この準備作業を一段落させた後、いよいよ2月から、出版に向けた内容の精選作業に入る旨、田端編集長から連絡がありました。


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